差動回路の差動インピーダンスとシングルエンドSパラメータへの変換

差動回路の差動インピーダンスとシングルエンドSパラメータへの変換

著者:石井 聡

アナログ・デバイセズのRF製品では、差動回路が多用されています。またRF回路においては、そのインピーダンスを反射係数やSパラメータで表すケースが多々あります。

しかしSパラメータ自体はシングルエンド相当の回路を対象にしているもので、差動回路における差動インピーダンスに対しては、直接、簡単に、このSパラメータを求めることができません。

ここでは差動回路とシングルエンドSパラメータの関係を示してみたいと思います。

変換例として6GHz広帯域高直線性アクティブ・ミキサLTC5510を使用する

この記事では、差動回路における差動インピーダンスからSパラメータに変換する例として、6GHz広帯域高直線性アクティブ・ミキサLTC5510を取り上げてみます。

LTC5510のデータシートには、周波数対入力/出力インピーダンスの表(ページ18のTable 1, ページ20のTable 4)があります。このインピーダンスは差動インピーダンスの表記となっています。これをシングエンドのSパラメータに変換してみましょう。

SパラメータのうちS11S22は反射係数そのものなのだが

SパラメータのS11は入力側の反射係数を示し、S22は出力側の反射係数を示しています。つまりSパラメータのS11S22は反射係数そのものなのです。

さて、LTC5510のデータシートのTable 1では「INポートの差動インピーダンス」として実際の差動インピーダンスと反射係数のそれぞれが、またTable 4では「OUTポートの差動インピーダンス」としてこちらも実際の差動インピーダンスと反射係数が示されています。

これらの表では「反射係数」という表記がありますから、これをSパラメータとしてそのまま利用できるはずです。しかしその実は、このデータシートの数値記述では本来求めるべきSパラメータの値をきちんと表示していません。

 インピーダンスからSパラメータへの基本的な変換は

ここではまず基本的な定義について示してみます。

基本的なインピーダンス(ここでは入力インピーダンスとします)ZSは、純抵抗成分Rとリアクタンス成分jXの直列として表現されます。

 

これを反射係数ΓS11)に変換するには、以下の式を活用します。

 

ここでZ0は正規化インピーダンスという測定系のインピーダンスであり、一般的にはZ0 = 50Ωとなります。一番単純な関係とすれば、これでSパラメータS11S11 = Γとして求めることができます。

 差動インピーダンスからSパラメータへはまず回路を変換していく

しかし、上記に説明したようにLTC5510のTable 1、Table 4ではこれがもう少し難解、厄介なかたちとして設定されています。LTC5510のTable 1の一部を図1として示します。

まずINポートが「差動インピーダンス」として示されています。また実数部と虚数部が「並列等価インピーダンス」として定義されています。これらがまず厄介な話しになっています。

ここでは実際の数値として図中にある5000MHz(5GHz)の数値を利用してみましょう。

 

図1 LTC5510のTable 1にあるINポートの差動インピーダンスの表記(@ 5GHz)

 5GHzにおいて、実数部RP = 42.7Ω、虚数部j XP = j155Ωとなっています。しかしこれは実数部分と虚数部分が並列接続となる差動インピーダンスになりますので、図2のように構成されます。

この回路をシングルエンドに変換していくには、実数部をRP = 42.7/2 Ω + 42.7/2 ΩのRP/2のふたつの抵抗の直列接続とし、さらに虚数部をj XP = j155/2 Ω + j155/2 Ωのふたつのリアクタンス(この場合はプラスなのでインダクタンス)の直列接続とし、これらが並列接続されたものとして図3のような「折り返されたふたつの回路」にまず形成しなおします。

 

図2 図1の差動インピーダンスを接続図としたもの

 

 

図3 図2を折り返されたふたつの回路として形成しなおす

 

 図4 図3の中点間は接続できる

 

図5 図4の回路の中点はグラウンド電位なのでグラウンド接続とすればシングルエンド2回路ができる

中点はグラウンド電位なのでグラウンド接続とすればシングルエンド2回路ができる

図3は図4のように中点同士を接続したものとしても表すことができます。これは差動信号に対してこの回路の中点同士は、いつでも同じ電位となるからです。また差動信号のみで考えれば、ここはグラウンドと同じ電位になります。

そこでこの中点をグラウンド接続としてしまえば、図5のようにシングルエンドの2回路として表すことができます。

このように差動入力インピーダンス(並列回路)は、シングルエンドとして変換することができるわけです(並列回路として)。

並列接続のインピーダンスを直列接続のインピーダンスに変換する

ここで話しを最初に戻しましょう。ここまではインピーダンスを純抵抗とリアクタンスの並列回路で考えてきました。しかし純抵抗とリアクタンスが直列でのインピーダンスで表すこともできます。そこでRPj XPによる並列回路の差動入力インピーダンスを、純抵抗RSとリアクタンスj XSの直列接続としての差動入力インピーダンスZDSZ Differential-Series)に変換してみましょう。

並列回路を直列回路に変換するには、

 

で実数部、虚数部の足し算として計算します。これを5GHzの周波数での実数部RP = 42.7Ω、虚数部j XP = j155Ωを用いて計算すると

 

 になります。つまりRP = 42.7Ω、j XP = j155Ωの並列接続である差動入力インピーダンスは、直列回路として図6のようにRS = 39.688 Ωとj XS = j10.933 Ωが接続されていることになります。

ここでもシングルエンドの2回路として図7のように変換することができます。

本来の反射係数、Sパラメータ(S11, S22)の考え方からすれば、差動回路をシングルエンドに変換したものとして計算する必要があります。

 

 

図6 並列差動入力インピーダンスを直列回路に変換したもの

 

図7 図6をシングルエンド2回路に変換する

少し遠回りとなるが、データシート記載の反射係数の数値のなりたちを考える

ところでここでは、少し遠回りになりますが、データシートに記載のあるTable 1、Table 4の反射係数の数値がどのように計算されているかを求めてみます。実はこれは本来は正しい反射係数の求め方ではありませんが、以下のように計算されているのです。

さきに5GHzにおける並列差動インピーダンスは、直列インピーダンスに

 

として変換できました。反射係数の式は

 

Table 1、Table 4にある数値は、式(2)のZSに式(4)のZDS(直列回路差動入力インピーダンス)を用いて、正規化インピーダンスZ0は、なんとシングルエンドに相当する50Ωをそのまま用いて計算しているのです。

では実際に計算してみましょう。

 これを極座標で表すと、

 

となり、Table 1に表示してある反射係数の振幅と位相の大きさ(図1にある 0.17, 126°)と合致することがわかります。

 差動回路における本来のSパラメータは

しかし上記は差動回路とシングルエンド回路を混同して計算しているため、本来は正しくありません。本来は式(5)のZDSを1/2として以下のように反射係数を計算する必要があります。これがSパラメータS11にもなるわけです。

これを極座標で表すと、

 

 これが本来の、差動回路をふたつのシングルエンド回路としてみた反射係数、SパラメータS11になります。

これらの計算を用いて、エクセルなどでLTC5510のデータシートのTable 1、Table 4のインピーダンスの数値を、反射係数、そしてSパラメータつまりS11, S22に変換していけばよいことになります。

このように差動回路におけるSパラメータは、差動回路をふたつのシングルエンド回路に変換して、そのシングルエンド回路における数値を利用するというのがポイントです。