SAR ADCのIN+端子になぜかランプ形状の波形が確認される

SAR ADCのIN+端子になぜかランプ形状の波形が確認される

著者:石井 聡

「SAR ADCのIN+端子になぜかランプ形状の波形が確認される」という技術お問い合わせをいただきました。16ビット、1.33Mspsの疑似差動SAR型ADC、AD7983を用いているとのことです。その原因・理由を考えてみました。

具体的な動作状態と問題点は

AD7983にはVDD = 2.5V、VIO = 3.3V、VREF = 5V、GND = 0Vで電源を加えていました。

入力端子IN+に一定電圧(VREF電圧の半分程度)、IN-はGND = 0VにしてADCを動作させました。

その状態でIN+端子をオシロスコープで測定したところ、CNVの立上りエッジに同期したランプ形状の波形が観測されました。

ランプ形状の電圧と時間は、CNVの立上りエッジに同期して10mV程度信号波形が持ち上がり、400ns程度後に信号波形がCNV立上り前の電圧値に戻ります。

この動作(ランプ状の波形変動)は正常動作と見ていいのか?使用方法が悪い場合、アドバイスをしてもらえないか、とのご要求でした。

ランプ状の波形変動は逐次比較変換動作が原因と考えられる

まずAD7983に加えられた各部の電圧は問題ないと考えられます。

データシートによると、AD7983はCNVによりSAR AC変換が開始されたあと、変換時間(Conversion Time: CNV Rising Edge to Data Available)はmin = 300ns、max = 500nsとなっており、平均すると400nsと考えられます。

上記の説明にあるCNVの立上りから400ns程度の間、IN+の入力が暴れるというのは、このADCの逐次比較変換動作が原因ではないかと推測されます。

IN+にはある程度のインピーダンスが存在する

IN-はグラウンドレベルで固定されていますが、IN+はVREF電圧の半分程度が加えられています。これは抵抗分割などにより電圧が形成されたものと考えられ、+IN端子から形成回路側をみるとある程度のインピーダンス(信号源抵抗)が存在しているはずです。またIN-は十分に低いインピーダンスと考えることができます。

SAR ADCは変換動作中でも寄生容量により変換回路と入力端子間で容量性結合が存在する

通常、SAR ADCの変換動作中は、「入力端子とは切断されている」としてADC内の回路は構成されていますが、それでも幾ばくかの寄生容量により変換動作中であっても入力端子との間の容量性結合が存在すると考えられます。

SAR ADCではスイッチド・キャパシタ(コンデンサ)に大きな過渡電流が流れる

SAR ADCの変換動作は1ステップ(1ビット)ずつ行われますが、この変換回路はAD7983データシートFigure 20(図1として再掲)のように、スイッチング動作しているスイッチド・キャパシタ(コンデンサ)回路のかたまりです。これを電荷再分配方式SAR ADCと呼びます。SAR変換の1ステップごとに、結構な量の電荷がこのコンデンサ・アレイを充放電します。つまり大きな過渡的な電流が流れます。

図1 AD7983データシートFigure 20から抜粋したSAR ADC変換回路(スイッチド・キャパシタ)

電荷の充放電がキックバックになる

変換動作中は入力端子と変換回路は切断されていますが、さきに説明したように寄生容量により変換回路と入力端子間で容量性結合が存在します。この容量性結合により変換動作の電荷移動が入力端子に電流として漏れ出すわけです。このことをキックバックとか別名チャージ・インジェクションと呼びます。

また1ステップごとで充放電される電荷が異なりますので、キックバックとして出力に漏れ出す電流もレベルが変わります。この電流がREF/2電圧形成回路の信号源抵抗により電圧降下になることで、IN+端子をオシロスコープで観測したときにランプ形状の電圧信号になることが予想されます。

AD7983は正常動作していると結論づけられる

問い合わせにあった「CNVの立上りエッジに同期して10mV程度信号波形が持ち上がり、400ns程度後に信号がCNV立上り前の電圧値に戻る」というのは、上記の考察を総合的に勘案しても、SAR変換動作のキックバックが原因と結論づけることができます。

つまりADCは問題なく正常に動作していると考えられます。