フェーズド・アレイのビーム幅とアレイ・ファクタ、開発プラットフォーム「CN0566」で検証する

フェーズド・アレイのビーム幅とアレイ・ファクタ、開発プラットフォーム「CN0566」で検証する

著者:Jon. Kraft

この連載では、アナログ・デバイセズの新たな開発プラットフォーム「CN0566Phaser」をベースとし、フェーズド・アレイについて詳しく解説してきました。

前回の説明により、アレイ・パターンを生成するところまで到達することができました。

その結果として、RF信号源を30°の方向に向けることで最大の利得応答を得ることができました。この結果は優れたものであり、シンプルなビーム・ステアリングの理論式がうまく機能していることがわかります。但し、その式ではパターン内のすべてのピークとヌル(null)について予測することはできません。その原因は何なのでしょう。また、それらについてはどのように対処すればよいのでしょうか。

アンテナの利得、アレイ・ファクタ、エレメント・ファクタ 

上記のピークとヌルについて理解するためには、アンテナ全体の利得がエレメント・ファクタとアレイ・ファクタによって決まることを知っておく必要があります。つまり、次のような式が成り立つということです。

G(θ):アンテナ全体の利得
GE(θ):エレメント・ファクタ
GA(θ):アレイ・ファクタ

エレメント・ファクタとは、アレイに含まれる1つの素子の放射パターンのことです。これは素子の構造によって決まるものであり、電気的に変化させることはできません。そのため、以下ではこれを定数として扱うことにします。一方、アンテナの利得はビームフォーミングによって変化させることができます。それに対応する部分をアレイ・ファクタと呼びます。以下では、このアレイ・ファクタに焦点を絞ることにします。

本稿で取り上げているリニア・アレイの各素子は、隣の素子に対し、遅延を伴った状態で信号を受信します。アレイ・ファクタは、以下の図/式に示すようにそれらの信号すべての和になります。

この式を数学的に整理してみましょう。ここでは、すべての素子が等間隔に並んでいるリニア・アレイについて考えます。また、すべての素子の利得は等しいと仮定します。そうすると、以下に示す式のように正規化されたアレイ・ファクタが得られます。

この式については、Arik Brown氏の著書「Active Electrically Scanned Array(アクティブ電子走査アレイ)」が参考になります。同書の付録Aには、この式の優れた導出方法が記されています。最終的にはこのsin(N)/N×sinの形の式が得られるのですが、その意味は直感的には把握しにくいはずです。そこで、いくつかの具体的な値を当てはめて結果をプロットしてみることにします。以下の示すのが、そのようにして取得したプロットです。

これは、異なる素子数(N)に対応するアレイ・ファクタをプロットしたものです。この図のX軸はステアリング角です。これは、単に位相差によって決まります。このプロットを見ると、次のようなことがわかります。すなわち、素子数Nを2から4、8へと増やしていくと、メイン・ローブのビーム幅が狭くなり、ローブとヌルの数が増加するということです。

また、このプロットからは考慮すべきいくつかの重要な値が得られます。それは以下のようなものです。

  • 半値電力ビーム幅(HPBW:Half Power Beam Width):HPBWとは、ピーク電力の半分(つまり-3dB)の位置で測定したメイン・ローブの幅のことです。
  • 第1ヌル・ビーム幅(FNBW:First Null Beam Width):FNBWとはヌルの位置で測定したメイン・ローブの幅のことです。
  • 第1サイドローブの振幅(First Sidelobe Amplitude):この値は、第1サイドローブがメイン・ローブと比べてどれだけ減衰しているのかを表します。利得が同一の素子で構成された大規模アレイの場合、第1サイドローブの振幅はメイン・ローブより13dB小さくなります。

ここでは、アレイ・ファクタの式を、機械的なボアサイト(つまりsin(θ) = 0)だけに単純化します。そうすると、すぐにHPBW(GA = 1/sqrt(2))とFNBW(GA = 0)について解くことができます。その結果を下に示す表にまとめます。

 

HPBW 

FNBW 

N=8 

13° 

30° 

N=4 

27° 

62° 

N=2 

62° 

180° 

d = 14 mm、f=10.3 GHz 

Phaserによる実測結果

ここまでの内容から、サイドローブが生じる原因についてご理解いただけたでしょう。また、アレイのサイズによってどの程度のサイドローブが生成されるのかを予想できることもわかりました。更に、理想的なビーム幅も算出することができました。そこで、今度はPhaserを使用することにより、実機による結果を確認してみましょう。そのためには、前回と同様に、こちらのリンクから入手できるbeamsteer.pyというファイルを使用します。

ここでは、RF信号をPhaserの真正面(機械的なボアサイト)に設定し、10.3GHzの周波数を使用することにします。そうすると、以下の図/表のようなパターンが得られます。

HPBW (計算値/実測値)

FNBW (計算値/実測値)

N=8

13° / 14°

30° / 29°

N=4

27° / 28°

62° / 62°

N=2

62° / 58°

180° / 180°

d = 14 mm、f=10.3 GHz

ご覧のように、計算値と実測値は1°程度しかずれていません。これはそれほど悪い結果ではなく、計算は適切であったと言えます。ただ、エレメント・ファクタがどのように関連しているのかを把握することはできません。

アンテナ・パターンを適切に推定するには?

筆者は、ここまでに示したプロットを「アンテナ・プロット」とは呼ばないように注意してきました。それらは「アレイ・ファクタ・プロット」と呼ぶべきものです。より正確に言えば、素子の利得が特定の値の場合のアレイ・ファクタ・プロットです。では、真のアンテナ・パターンを取得するにはどうすればよいのでしょうか。そのためには、アンテナ室を使用し、様々な角度で利得を測定しなければなりません。しかし、それには時間も費用もかかります。フェーズド・アレイについて「検討」することが目的であるとした場合、本稿で示した結果は、実際の結果と比べてどの程度異なるのでしょうか。それについては、以下の図が参考になります。

本稿で行ったのは、この図の「Electrical Scan(電気的なスキャン)」のプロットに相当します。アンテナ室で実測を行うと、「Mechanical Scan(機械的なスキャン)」のプロットが得られます。「HFSS Simulation」のプロットは、アレイのHFSSシミュレーションの結果です。このシミュレーション結果は、コロラド大学ボルダー校のLaila Fighera Marzall氏(博士)に協力していただき取得しました。

この図を見ると、ピークとヌルの位置についてはそれほどのずれは見られません。ただ、素子の利得の影響を受けることから、アンテナ全体の利得には差が出ています。具体的には、メイン・ローブから離れるにつれて、サイドローブのピーク・レベルにいくらかの差が出ていることがわかります。ただ、このことは、テーパリング、グレーティング・ローブ、モノパルス追尾、レーダーについて検討する際には問題にはなりません。そのような差が出ることを認識していれば十分です。

まとめ

今回は、利得応答に現れるピークとヌルの発生原因について説明しました。また、それらの大きさと形状についても解説を加えました。サイドローブは決して望ましいものではありません。では、サイドローブの発生を回避するにはどうすればよいのでしょうか。それについては、アレイのテーパリングに関する次回の記事で説明する予定です。