著者:高松 創
この記事では、ミリ波レーダーで広く使用されているMIMO FMCWレーダーの基本原理を説明します。
記事を通じて、FMCWレーダーの測定原理とそこで得られるデータの関する理解を深めるまでが目的です。
アジェンダ:
- ミリ波レーダー
- FMCWレーダーの測定原理
- データフォーマットと信号処理
- まとめ
1. ミリ波レーダー
レーダーの使用が期待されるアプリケーションは、気象、航空管制、軍用などの高性能かつ高価なレーダーから、車の衝突回避用物体検知用の比較的安価なレーダーまで多くのシーンが想定されます。また今後レーダー応用がされる新しい分野として、
- 自律走行機械の衝突回避(ドローン、ロボットタクシー、ロボットバス、建設機械、農業機械など)
- バイタルセンシングや転倒検知(プライバシーを確保した見守り)
- 機械状態監視、振動監視
なども期待されています。
1.1. 電波とは?
レーダーは電波を使用したセンサーですが、電波の特長として以下のものが有ります。
- 空中を伝搬する3000GHz以下の電磁波(定義)
- 光と同じ速度で伝搬
- 直進性が高い
- 光の影響を受けない(逆光、暗所)
- 降雨の影響を受け、水中では伝搬出来ない
現在、身の回りで電波は多くの目的で使用されています。身近では携帯電話やWiFiなどデータ通信など、レーダーとしても気象、船舶、航空機の測定にも電波が使用されています。
図1は電波の一般的な特徴を示しており、左から右に周波数が高くなっています。電波は周波数が高いほど直線性が強く、周波数が低いほど伝送損失が低いという特徴があります。このため、航空レーダーや気象レーダーなど遠くを見る場合には比較的低い周波数が使われ、衝突回避などのレーダーには直線性が強い、高い周波数が使われています。データ通信においては、占有帯域幅とデータ伝送容量に相関があり、より広い帯域が確保できるほど伝送容量も大きき出来ます。このため、データ伝送容量を増やすために、より広帯域が使える高い周波数の利用が進んでいます。(例:5Gでのミリ波利用)
総務省の「令和6年版情報通信白書」より
図1:周波数帯毎の主な用途(出典:情報通信白書より抜粋)
1.2. 電波と法令
レーダーや通信において電波が広く利用されていることを示しましたが、電波は有限な共有資源であり各国がその利用を法令(例:電波法)で規格を厳格に決めその運用を監理しています。代表的な規格団体として以下のようなものが有り、日本国内での電波利用では通常ARIBが定めた規格などに準じた機器が認証されて使用することが可能です。
- ARIB(日本)
- FCC(米国)
- ETSI(ヨーロッパ)
電波利用ではライセンス(開局免許)が必要なものと、ライセンス不要なものが有り、商用センサーとして使われるレーダーはライセンス不要で使うことが可能です。なお開局免許は不要なものの、使用する機器は国内規格で認証(いわゆる技術適合認証)を受けたものを利用しないといけないことに注意が必要です。以下に日本国内の産業用のレーダーセンサーで使われる周波数帯の規格の一部を示します。括弧内はアナログ・デバイセズが現在提供可能な製品がカバーする帯域を示しています。
- ARIB STD-T73:10GHz帯, 24GHz帯(24.05~24.25GHz、200MHz BW)
- ARIB STD-T48:60GHz帯, 76GHz帯(76.0~77.0GHz 、1GHz BW)
- ARIB STD-T111:79GHz帯(77.0~81.0GHz、4GHz BW)
2. FMCWレーダーの測定原理
このセクションでは、レーダーセンサーで現在多く使われているFMCW方式の原理を説明します。
なお、FMCWレーダーのシステムの基本的な構成要素については、下記リンクの記事も参照になりますので参考にして下さい。
24GHz帯のFMCWレーダーを例にとり、システムの基本的な構成要素について理解する | Analog Devices
2.1. FMCWの基本波形
レーダーセンサーは自身が照射した電波が遠く離れた物体(ターゲット)に当たり、再び跳ね返ってきた信号(エコー)を見ることで距離を測定しますが、その測定方式は複数あります。代表的なもので、電波の飛行時間(Time Of Flight)で距離を測定するパルスレーダーと、ここで説明するFMCWレーダーが有り、前者は光の伝搬時間を使い直感的に分かり易い方式ですが、後者は照射する電波に周波数変調をかけることで距離測定を行っています。
この周波数変調された信号を「鳥のさえずり」を意味するチャープと呼び、図2で水色が送信信号を示していて、0-Tc時間で、Bの周波数帯域で周波数変調をかけています。赤はエコー信号を示しセンサーが受信した信号となり、ターゲットとの距離に応じた飛行時間分τ0だけ遅れて戻ってきます。このとき自身が送信した信号と受信した信号の周波数差に注目し、これをビート周波数fbと呼びます。
図2:FMCWレーダーのチャープ信号
図3で、二つの距離の異なる物体からのエコーを考えた場合、上下のプロットで上はターゲットがより近い距離にあるため、より短い飛行時間で受信波が戻ってきていることを示しています。ここで、二つのビート周波数fb1とfb2を比較した場合、縦軸は周波数を示しているので、fb1がfb2より小さくなっていることが分かります。このことからビート周波数が距離を示していることを分かり、センサーから得られたビート周波数(実際はADCサンプルデータをFFTして周波数応答を得る)から距離を算出することが可能なことが分かります。
図3:距離の異なる物体のビート周波数
2.2. FMCWレーダーのハードウェア
FMCWレーダーのハードウェアは比較的シンプルで、図4にその構成を示しています。PLLVCOからFMCW波(チャープ信号)を生成してRF送信機から放射します、ターゲットから反射して戻ってきた受信波は、自身の送信波とミキシングしてビート波を作ります。さらにこのビート波をA/Dコンバータでデジタイジングすることで、ビート波形データの時系列サンプルデータを得ます。FMCWレーダーではミリ波など高い周波数を使っている一方で、ADCでデジタイジングされるデータはミキサーを通したビート波でせいぜいマイクロ波レベルの信号になります。このことは回路をシンプルに安価に作ることが出来るメリットを持っています。
図4:FMCWレーダーのハードウェア
図5では、図4のハードウェアで処理される信号(波形)を示しています。ビート波(緑)をADCでデジタイズしたデジタルデータ(紫)は。センサーシステムとして出力されるデータになります。
図5:FMCWレーダーで扱われる信号波形
2.3. 距離測定
このセクションでは、センサーから得られたデータから距離を算出する方法を説明します。
図6:FMCWレーダーのチャープ信号(図2を再掲)
Bは占有帯域幅、TCはチャープ時間、Sはチャープスロープ、cは光速
図6で、チャープスロープSをB/Tcで算出しています。チャープスロープに受信の飛行時間による遅延(距離Dであれば2D/c、ここでエコーは往復の時間であることに注意)を掛けると、距離Dに対するビート周波数fbが求まります。
ここからDが求まり、以下式で距離が算出できます。このことはレーダーではビート周波数の周波数応答を解析することでターゲットまでの距離が求まることを意味しています。
現実世界では、ターゲットは複数存在してそれぞれの距離に応じたエコーを受信します。これは同時に複数のビート周波数を検知することを意味します。図7に3つのターゲットからのエコーのケースを示しています。
図7:3つターゲットからのエコー
ビート波はADCによって時系列データとして得られるので、これにFFTを適用することで図8の3つのビート周波数をパワースペクトラム密度のピーク値を示す周波数として現れ、上記の式によって各ビート周波数ピークに応じたターゲットまでの距離も算出が出来ます。
図8:ビート周波数解析により距離測定(距離FFT)
ここでは計算式の詳細を省きますが、FMCWの距離測定において、距離分解能はチャープ信号の帯域幅(図6のB)により決定されます。
cは光速、Bは占有帯域幅
式から分かるようにBを大きく(帯域幅を広く)するほど分解能を上げることは可能ですが、実際は、Bは各国の電波法で規制されており、法規制からも分解能が制限されます。
国内のARIB仕様でも占有帯域幅は規制されており、具体的には表1のようになります。このことは、ミリ波レーダーが分解能高いのではなく、高い周波数ではより広い占有帯域幅が使用できることで分解能を上げられることが分かります。
表1:占有帯域幅と距離分解能
また、センサーの最大検知可能距離は、チャープスロープSとビート波をサンプリングするADCのサンプル周波数で決定されて次式で求められます。
式から分かるように、ADCをのサンプルレートの高速化、またはチャープスロープを緩い波形にすることで最大検知可能距離が延びることが分かります。
なお、チャープスロープ緩くしてチャープ時間が増えてゆくと、後述する速度測定の性能とのトレードオフになることを考慮する必要がありますので、アプリケーションに応じて距離と速度のバランスを考慮したプロファイル設定が求められます。
2.4. 速度測定
チャープ波形のプロファイルにおいて、最大検知可能速度は次式で求まり、連続するチャープ信号におけるPRT(Pulse Repetition Time)値、つまりチャープ時間が短くなるほど、最大検知可能速度が上がることが分かります。これは前述の最大検知可能距離(チャープスロープを緩くするほど最大距離が延びる)と互いにトレードオフの関係が有ることを示しています。
速度分解能は、チャープバースト時間で決まり、図9で考えたとき、チャープ時間TcがN回のチャープ(バースト数)で構成された場合は以下式のNがバースト数iに相当します。式から分かるようにバースト数を増やすほど速度分解能を上げることが可能です。
図9:チャープバースト
ここで、MIMO構成の場合は上式のPRT定義について注意が必要になります。3送信構成の場合TDDで送信チャネルが切り替わるので、N数はバーストの総チャープ数とは異なり、バースト内の特定の送信チャネルのみに対してカウントする必要が有ります。図10のNがそれに相当するので、SISO/SIMO構成の場合に比べてPRTが大きくなり最大検知可能速度が低下します。
図10 :MIMO構成の場合のチャープバースト
MIMOの多チャンネル化は、後述する到来方向推定の性能を決定する重要なファクターですが、速度測定においてはトレードオフの関係を持っています。多くのセンサーはTDD方式を取りますが、このような課題を解決するために送信信号に位相変調をかけ同時に複数チャネル送信させる方式も提案されています。
速度検知の信号処理はバースト方向のデータに対してFFTを行うことで算出可能です。上式でチャープ波形のプロファイル設定から最大速度が分かっているので、その結果は横軸を±Vmaxに対してFFTのPSDのピークが立った速度を見つけることが出来ます。距離測定ではチャープ単位のFFTを行いましたが、速度測定では連続する複数チャープに対してFFT行います。(図11)
図11:速度FFTによる速度検知
このように、FMCWレーダーは他の測距センサーと異なり、距離と速度を同時に検知できるため、同じ距離にいる複数ターゲットを速度で分離することも可能です。
図12:距離と速度検知によるターゲット分離例
2.5. 到来方向推定
次に、センサーの角度分解能について考えると、その分解能は大きくアンテナチャネル数に依存しています。このアンテナ素子数とはバーチャルアレイ数と同様であり、送受信が複数チャネルで構成されるMIMO方式では、その組み合わせ数がバーチャルアレイ数になります。例えば図13に示すように、2送信、4受信のMIMOではバーチャルアレイ数は下図のような送受信の組合わせ数の8がそれに当たります。
図13:2送信、4受信による8素子リニアバーチャルアレイ
次に、バーチャルアレイ構成がなぜエコーの到来方向が推定できるか?を考えて行きます。図14は1送信、4受信のリニアアレイのケースになります。
図14では、TX1からの送信は角度θの遠方にあるターゲットから反射したエコーをRX1~RX4でそれぞれ受信します。このときRX1に対してRX2の受信タイミングはdsinθ分だけ遅れて受信することが分かります。RX3ではさらにdsinθ、以下RX4も同様で、RX1~RX4でリニアに遅延が発生していることが分かります。dはアンテナ素子間隔で既知なので、結果的にθ方向から受信された場合の遅延がそれぞれ決定されます。このことは、逆に各RXの受信波形を既知の遅延量だけ位相を調整することで特定にθに対する信号強度を求めることが出来ます。実際はこのような処理が後段のデジタル信号処理で実施され、例えばθを-45度から+45度でスキャンして計算をすることで、各θにおける受信信号強度を求めることが可能になります。(デジタルビームフォーミング)
図14:フェーズドアレイによる到来方向推定
さらに送信チャネルを増やした場合も考えます。図15で追加された送信チャネルTX2は、TX1から4dだけ離れた位置に置きます。このときθ方向への送信波は4dsinθだけ遅れることが分かります。TX2からのエコーのRX1~RX4への受信タイミングも先と同じような遅延を発生するので、結果的に図右下の表のような8つの遅延時間が得られます。
図15:複数TXのフェーズドアレイによる到来方向指定
図14と図15でバーチャルアレイのチャネル数が異なることは明白ですが、この違いはどのような差となるでしょうか?
ここでは詳細の計算をここでは省略しますが、バーチャルアレイのチャネル数は角度分解能能を決定します。多くのフェーズドアレイは計算を簡単化するためにdをλ/2(半波長)にアンテナを配置することが多く、この場合の角度分解能は次式のようになり、図14の4素子の角度分解能29度に対して、8素子の場合は約14度の分解能になります。
Δθは角度分解能、λは波長、Nはアンテナ素子数(バーチャルアレイ数)
表2はフェーズドアレイのバーチャルアレイ・チャネル数と角度分解能の関係を示します。
表2:アンテナ素子数と角度分解能(ラジアンを度に変換)
なお、レーダーセンサーの場合、距離も角度もその分解能はデジタル信号処理で求められるので、データの分解能を上げることが容易ですが、物理的な限界値を超えることはありません。例えば、到来方向推定はデジタルビームフォーミングなどの信号処理をスキャンで行い、このスキャンを1度で処理することも可能でそこで得られたデータ上の分解能は1度になりますが、一方で8チャネルの場合の分解能は約14度なので、これ以下の角度にある二つの物体を実際に分離することは難しいでしょう。
2.6. 受信電力
レーダーセンサーはターゲットから反射するエコーを受信することでセンシングを行っています。精度よくセンシングするのは受信信号をSN特性良く得る必要があり、これは電波の伝搬特性とターゲットの反射電力(レーダー反射断面積に依存)を考慮する必要が有ります。アンテナから放射された電波は通常拡散されるので、距離が遠くなるほど電力密度が低くなります。同様に、ターゲットで反射した電波も拡散されてレーダーの受信機に到達します。
レーダーの受信電力はレーダー方程式で求められることが分かっており以下式で求めます。
ここで、Prは受信信号エネルギ―、Ptは送信電力Pt、Gはアンテナ利得、σはレーダー反射断面積、λは波長、Dはターゲットまでの距離
このように受信信号は、距離の4乗に反比例し大きく低下して行きます。この損失はレーダーの計算アルゴリズムには含まれないので事前に確認しておくことをお勧めします。なぜならどんなに高い分解能を持っていても、受信信号レベルが期待値より小さければ検知することは不可能だからです。またレーダー方程式のσは、レーダー反射断面積(RCS: Radar Cross-Sectionとも呼ばれる)で決定され、ターゲットの形状(幾何学的な形状)や素材(反射係数)によって変わります。表3に身の回りのターゲットのレーダー反射断面積の値を参考に示しています。数値は一般的な数値で例えば乗用車の形状や方向なのでRCSは大きく変化しますし、歩行者でも大人と子供では異なることに注意が必要です。
表3:レーダー反射断面積の例
3. データフォーマットと信号処理
ここまでのセクションでは、レーダーの測定原理について説明して来ました。
実際のセンサーから得られるデータは、ADCがサンプルした時系列の受信信号(厳密にはビート信号)のストリームになります。送受信チャネルが複数で構成されるMIMO形式のレーダーでは、ADCデータが受信チャネル分だけ得られます。図16は送信が3チャネル、受信が4チャネルの3T4RのMIMO FMCWレーダーのケースを考えます。
送受信チャネルが複数あるMIMO構成の場合、一般的な送信の多重方式はTDDで、受信は同期同時サンプルで行います。図16では、送信の3チャネルはTDDで順番に送信して、受信の4チャネルは一回の送信にょるエコーを4チャネルで同期同時受信します。3送信構成ではTX~TX3がTDDで送信することがセットでこれを1シーケンスと呼びます。1シーケンス(紫色でハイライトされた部分)で生成する受信データは12個となり、この数値がバーチャルアレイ数と同じになる事が分かります。なお図でfcはFMCWの掃引周波数、Tcは掃引時間(チャープ時間)を示しています。
図16 :MIMOレーダーのシーケンス
図16 で得られるADCサンプルデータは以降の信号処理に向けて、3Dアレイフォーマットに変換すると便利になり、このフォーマットをレーダーデータキューブとも呼びます。レーダーデータキューブは3Dアレイの構造を取り、各次元を、
- 各チャープのADCサンプルデータを行方向にスタック(ファーストタイム・データ)
- 全バーチャルアレイチャネルで列方向にスタック(チャネルスペーシング・データ)
- チャープシーケンス毎に奥行方向にスタック(スロータイム・データ)
のようにスタックしています。図17では受信データのレーダーデータキューブへの変換方法を示しています。
図17:センサーデータのデータキューブ変換
この結果得られるデータキューブは図18 のような3Dアレイデータになります。例えば、ADCサンプル数が1024、3T4Rでバーチャルアレイ数12、シーケンス数64の設定の場合、レーダキューブの次元は1024x12x64の3Dアレイになります。
図18:レーダーデータキューブ
レーダキューブフォーマット形式を取ることで、その各次元方向への信号処理が、ぞれぞれ距離、到来方向(角度)、速度の測定になるため、レーダーキューブ信号処理のためにとても分かり易いフォーマットになっています。
- ファーストタイムデータ:距離測定の信号処理
- チャネルスペーシングデータ:到来方向推定の信号処理
- スロータイムデータ:速度測定の信号処理
多くのFMCWレーダーは、シーケンスを連続させたバースト(またはフレーム)信号の形式をとり、先の3T4Rの場合、64シーケンスで192チャープ信号が1バースト内で送信されます。この64シーケンスはレーダーデータキューブのスロータイムデータ次元数に等しく、一つのデータキューブによるデータセットはバースト単位で生成されることが分かります。
4. まとめ
以上で、MIMO FMCWレーダーの、距離測定、速度測定、到来方向推定に関する基本的な原理を説明し、信号処理で有効なセンサーデータフォーマットであるレーダデータキューブのついても説明をしました。またレーダーデータキューブ形式を取ることで、MATLABやPythonなどの信号処理ツールの利用が容易になりますので、レーダーの信号処理について深く学びたい場合にも有効な方法となります。