高精度の測定やデータ・アクイジションを実施する場合、それに対応可能なシグナル・チェーンを構築する必要があります。その際には、必ず1つの課題に直面することになるでしょう。その課題とは、システムの再キャリブレーションに費やされるオーバーヘッドを最小限に抑えつつ、精度と安定性を両立させなければならないというものです。では、シグナル・チェーンの構成要素は、精度と安定性にどのような影響を与えるのでしょうか。
デジタル・マルチメータの例
デジタル・マルチメータ(以下、DMM)を使用すれば、DC電圧や周波数の低いAC信号の測定を実施できます。一般に、DMM製品は、定められた精度を満たした状態で確実に検出できる桁数(分解能)に基づいて分類されます。例えば、7.5桁のDMMであれば、高精度のアプリケーションや計測用の基準器(標準器)に適した製品に位置づけられます。具体的には、以下のような用途で使用されます。
- フィールド計測器用のキャリブレータ
- ラボ・グレードの重量計
- 地震計測器
- ATE(Automatic Test Equipment:自動試験装置)
図1に示したのは、データ・アクイジションに用いられるDMMの基本的なシグナル・チェーンの例です。これを見ると、入力段の後段にはA/Dコンバータ(ADC)用のドライバ段が配置されています。また、ADCの入力範囲は外付けの電圧リファレンスによって決定されます。ここで、測定の対象となるソースに負荷がかからないようにするために、入力段は高インピーダンスでなければなりません。加えて、入力段とドライバ段の間にはアンチエイリアシング・フィルタ(Anti Aliasing Filter)を配置し、ノイズの帯域を制限する必要があります。ドライバ段は、(1)フィルタに対して高インピーダンスの負荷を提供する、(2)ADCの入力範囲内に収まるように信号を減衰する、(3)ADCに対し、入力をセトリングするための十分な駆動レベルを提供する、という3つの役割を果たします。

図1. データ・アクイジションに用いるDMMのシグナル・チェーンの例
測定上の課題
DMMのシグナル・チェーンを構成する際には、以下に挙げるような課題が生じます。
- DC測定には、温度ドリフトの影響が及びます。温度が変化すると、オフセット電圧やバイアス電流が変動するからです。温度ドリフトにより、測定値にはμV単位からmV単位の誤差が加わる可能性があります。その対策としては、ゼロドリフト・オペアンプや、オーブン制御と埋め込みツェナーを採用した電圧リファレンスなど、温度係数の低いコンポーネントを選択します。それにより、温度の変化に伴うシステムの再キャリブレーションの頻度を減らすことができます。
- 温度が上昇すると、DC測定にもAC測定にもノイズの影響が及びます。なぜなら、熱ノイズのパワー・スペクトル密度はkTRに比例するからです。その影響を軽減するには、低ノイズのコンポーネントを選択します。更に影響を緩和したい場合には、デジタル方式の平均化機能を備えるADCを採用するとよいでしょう。デジタル方式の平均化処理では、平均化の係数が2の累乗分増えるごとにS/N比が3dB向上します。
- サンプリング・データ・システムは、電荷の再分配による影響を受けます。具体的には、アクイジションのフェーズが開始する際、ADCの入力部に電圧トランジェントが現れます。その電圧トランジェントは、ADCが変換処理を開始する前にセトリングしなければなりません。これを実現できない場合、測定精度が損なわれます。

図2. ADCの入力部に現れる電圧トランジェント
7.5桁の精度を達成するDMMのシグナル・チェーンの具体的な構成例を以下に示します。

この例における入力電圧は-10V~10Vです。入力段とドライバ段では、低ノイズのゼロドリフト・オペアンプ「ADA4523-1」を使用しています。同アンプはコモン・モードの入力インピーダンスが高いので(100GΩ)、ソースにとっての負荷にはなりません。また、ノイズ密度が低く(4.2nV/√Hz)、オフセット電圧が小さく(VOS≦±5μV)、バイアス電流が少なく(最大600pA)、オフセットの電圧ドリフトが小さい(最大±0.02μV/℃)という特徴を備えています。温度が変化しても精度と安定性を維持できるので、DMMにおいて7.5桁に相当する性能を達成することが可能です。
シグナル・チェーンを完成させる上では、フロント・エンドで使用するコンポーネントの選択が重要になります。それだけでなく、ADCの選択も非常に重要です。ここでは、Easy Drive技術を適用した逐次比較レジスタ(SAR)型ADC「AD4630-24」を採用するケースを考えます。同ADCの分解能は24ビット、サンプル・レートは2MSPSです。
Easy Driveは革新的な入力アーキテクチャであり、サンプリング・コンデンサを前回のサンプル電圧までプリチャージする機能を備えています。それにより、サンプリング中の電圧トランジェントが低減されます。ADCの入力部の電圧トランジェントが低減されるということは、セトリング時間が短くなり、セトリング誤差が小さくなるということを意味します。それによりドライバの要件が緩和されます。そのため、この例ではドライバ段でADA4523-1を使用することが可能になっています。
AD4630-24はデュアルチャンネルの製品ですが、シングルチャンネル版の「AD4030-24」も提供されています。シングルチャンネル版の方が高いS/N比が得られますが、それ以外の性能はほぼ同等の優れた値を示します。例えば、積分非直線性(INL)は代表値が±0.1ppmで最大値が±0.9ppm、ゼロ誤差は代表値が0μVで最大値が90μV、ゼロ誤差のドリフトは0.007ppm/℃です。また、重要な特徴として、どちらの製品もプログラマブルなデジタル・ゲイン機能とオフセット調整機能を備えています。そのため、アナログ・フロント・エンドの非理想的かつ静的な性能を補償できます。更に、いずれの製品もプログラムが可能な平均化機能を備えています。この機能は、ノイズの低減とS/N比の向上に利用できます。
「ADR1001」は、オーブン制御と埋め込みツェナーを採用した電圧リファレンスです。その温度係数は0.2ppm/℃であり、非常に優れた長期ドリフト性能(5ppm、2000時間)を発揮します。
このDMM用ソリューションの詳細については、以下の記事をご覧ください。
- https://www.analog.com/jp/resources/technical-articles/achieve-7-pt-5-digits-accuracy-instrumentation-apps-part1.html
- https://www.analog.com/jp/resources/technical-articles/achieve-7-pt-5-digits-accuracy-instrumentation-apps-part2.html
Easy Drive技術の詳細については、以下の参考資料をご覧ください。
- Techノート:Can Analog Devices' Easy Drive ADCs simplify multi-channel sensor signal chain design?(アナログ・デバイセズのEasy Drive ADCにより、マルチチャンネルのセンサーに対応するシグナル・チェーンの設計を簡素化できるのか?)
- ビデオ:Analog Devices EasyDrive︎™ ADCs(アナログ・デバイセズのEasyDrive︎™ ADC)
- ブログ(EZ Blogs):LTspice® and EasyDrive︎™ - A One-Two-Punch for Design Efficiency(LTspice®とEasyDrive™ - 設計効率を高めるワンツーパンチ)
- KWIKノート:SAR ADC Kickback Filter Design(SAR ADCのキックバック用フィルタの設計)
- Techノート:Can Analog Devices' Easy Drive ADCs save cost and board space?(アナログ・デバイセズのEasy Drive ADCにより、コストと基板面積を削減できるのか?)
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関連製品 |
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AD4630-24/AD4030-24は、Easy Drive技術を適用したSAR ADCです。直線性の高い入力回路、プログラマブルなデジタル・ゲイン機能とオフセット補償機能、プログラマブルな平均化フィルタを備えることを特徴とします。いずれの製品も、最高レベルの精度を達成します。 |
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アナログ・デバイセズの製品選択テーブルを使用すれば、Easy Driveに対応する全ADCの比較/検討を実施できます。


