Dragonfly - 28/39GHzミリ波フェーズドアレイ・アンテナ・モジュール

Dragonfly - 28/39GHzミリ波フェーズドアレイ・アンテナ・モジュール

著者:高松 

アナログ・デバイセズでは、ミリ波5Gに適したフェーズドアレイ・アンテナ・モジュール(開発コード名Dragonfly)をサードパーティソリューションとして開発し、お客様に提供しています。

図1:モジュール外観イメージ

プロジェクトの目的:

Dragonflyは、アナログ・デバイセズが提供している、ADMV48281(ビームフォーマー)、ADMV1128A(アップダウンコンバータ)、ADF4372(VCO内蔵PLL)、低ノイズ電源(uModule超低ノイズLDO)を利用して、フェーズドアレイアンテナをRF信号(OTA/Over-The-Air)で評価可能なアンテナモジュールを開発することが目的です。またDragonflyを活用することで、以下のバリューを提供しています。

  • アンテナ経由で実際のRF信号でのビームステアリングの評価が可能になる。
  • システムレベルでのビームフォーミング、ビームステアリングの評価を可能にする。
  • FR2 5Gシステムプロトタイピングをエンドツーエンドで構築可能にする。(Dragonflyはアンテナモジュールとして利用)
  • 性能実証済のリファレンスデザインとして、CADデータのライセンスを含めて、顧客によるカスタマイザーション、商用化デザインを加速する。
  • カスタム開発、商用品質での製品開発製造の国内受け皿としてサードパーティを提供(エスタカヤ)
  • ブラックボックスの無い、かつ制御可能な物理層を提供して、6GやISAC(Integrated Sensing And Communication)の研究開発に活用できる。

ビームステアリングなどにおいても、全64チャネル個別に制御可能で素子数も多く、かつ物理層(個別ICレベル)までをブラックボックス無く評価可能にすることで、多様な評価目的に応えることが出来ます。加えて、これらの評価を半導体や電子回路設計の知識なしで利用できるように、システム開発キット(SDK)も開発し、PC経由でビームステアリング出来る環境も開発しています。PCからは研究開発で多く利用されているMATLABで制御できるようなリファレンスコードも開発しました。

概要スペック:

下表にてDragonflyの基本スペックを示します。


表1:Dragonfly基本仕様

Dragonflyデータシート ver0.5(英語版のみ):

注意:Dragonflyのデータシートは現在暫定版となっており、仕様については予告なく変更する可能性が有ります。

ブロック図:

図2:Dragonflyのブロック図

DragonflyはTDDシステム用のフェーズドアレイアンテナモジュールです。16チャネルのビームフォーマーADMV48281を4つ搭載しており、合計64チャネルの正方アレイアンテナを構成しています。アンテナは日本のローカル5Gの帯域をカバーした27.8-29.1GHzの周波数帯域で最適化されており、これらの64アンテナ素子は個別にゲインと位相の制御が可能です。ADMV1128AはアップダウンコンバータでDragonflyは3.5GHzのIF信号(送信および受信)で外部と通信して、ADMV1128Aがミリ波に変換します。周波数変換で使われるLO信号はADF4372で生成されて、このリファレンスクロックとして外部より122.88MHzを入力する必要が有ります。DragonflyはDC12Vの単一電源で動作可能でボード上に搭載された低ノイズの電源ツリーが各ICに必要な電圧と電流を供給します。制御インタフェースはSPIで最大クロックは100MHzまで使用可能です。なおSPIの物理層はノイズ耐性を考慮して3.3V LVDSの差動信号が採用されています。TDDの送受信切り替えとビームインデックスの切り替えは、SPI経由での制御に加えて、専用の信号をトグルさせることで動作することが出来ますので、5G-NRのTDD通信の実時間動作にも使うことが出来ます。

図3:実基板イメージ(左ボトム層、右トップ層)

Dragonfly動作に必要な信号を表2に示します。

表2:Dragonfly制御信号一覧

注:コネクタ回路記号は回路図上のコネクタ番号(CNx)となり、基板上にも各CN番号がマーキングされています。

デザイン:

ミリ波フェーズドアレイアンテナモジュールの開発において、回路設計、基板レイアウト設計、アンテナ設計を通じて、半導体メーカー、回路設計者、基板レイアウト設計者、基板メーカーのエンジニアが密にコミュニケーションを取りつつ開発を進めるすり合わせが必要が有ります。Dragonflyでは開発プロジェクトを通じてこのような体制で進めてきました。 

Dragonflyの要となるミリ波パッチアンテナ、アンテナ・フィーダおよびミリ波信号の分配配線であるマイクロストリップラインの配線は、基材の誘電率、厚さ、精度などを考慮した最適化を図り、特に層間のビアでインピーダンス不整合が発生しないよう、かつ、配線間での干渉が起こらないよう、細心の注意をして設計しています。 

また、設計した配線パターンは、3次元電磁界シミュレーションによる事前検証を行っています。 

基材にはMegtron-6(Panasonic製)を採用しています。

図4:BFIC~アンテナ間配線イメージ 

SDK開発:

Dragonflyの評価には、設定などを行う制御信号、IF信号の生成(送信時)、IF信号のキャプチャ(受信時)などが出来る装置が必要になります。ミリ波信号に対応した信号発生器やスペクトラムアナライザはとても高価で、SDKを使うことで高価な測定器を持たない環境でもDragonfly SDKを使うことで評価が出来るようになります。また測定器を持っている場合でもSDKとの併用が可能になっています。

SDKの目的:

  • 基本的なRF試験(ミリ波測定器を保有している場合)
    • 送信テスト(要シグナルアナライザ)
    • 受信テスト(要信号発生器)
  • ビームステアリング試験(要:ローテーター)
  • 対抗通信試験(要:2台のDragonfly)
  • FR2 5Gボックス化(エンド・ツー・エンドで実装)

SDKの基本システム構成:

  • Dragonfly(エスタカヤ製造、ヒートシンクシールド付)
  • ZCU102 (AMD製、Versalにも対応中)
  • EVAL-AD9988/EVAL-AD9081(ADI製)
  • SDP-LVDSインターポーザー基板(IDAQS製)
  • ZCU102 Linux用SDカードイメージ(IDAQS製)
  • Dragonflyヒートシンクケース(IDAQS製)
  • MATLAB制御リファレンスコード(ADKK/IDAQS製)

図5:Dragonflyヒートシンクケースに組み込んだ外観イメージ(左正面、右背面)

AD9988は4送信(DAC)と4受信(ADC)を統合した高速・広帯域SDRトランシーバで、単純なトーン信号から、ミリ波5G信号をフル帯域まで生成またはキャプチャが可能です。最大帯域幅は5Gで実現されている400MHzを大きく超えて1.2GHzまで対応しているので、5Gだけでなく6GやISACなどの研究開発にも活用できるSDKになっています。制御はPC経由で行われ、コードはMATLABで実装されています。Dragonflyを購入いただいたユーザーにこれらのMATLABソースコードをリファレンスコードとして提供されるので、自身の研究開発に向けたカスタマイズなども可能です。

以下では、SDKを使った代表的なセットアップを示します。

SDKセットアップ例(Dragonflyの送信試験):

図6:Dragonfly SDK送信時セットアップ

SDKセットアップ例(Dragonflyの受信試験):

図7:Dragonfly SDK受信時セットアップ

SDKセットアップ例(Dragonflyの対向通信試験):

図8:Dragonfly SDK対抗通信時セットアップ

対抗通信において、REFCLK 122.88MHzを二つのDragonflyに入れることで同期するため、TDD 5G通信は勿論のこと、ISACの研究開発においても振幅だけでなく高精度な位相情報も利用できるようになり、より高精度なセンシングを実現可能です。2024年11月に行われたマイクロウェーブ展2024では、実際にDragonfly2台による対抗通信セットアップを使った5Gのエンドツーエンドの通信デモンストレーションをアイダックス社の協力で行いました。

図9:マイクロウェーブ展でのデモ(右奥が5G通信デモ)

機能評価:

今回SDKを使用してDragonflyのRF性能である、ビームパターンを測定しました。  

ビームの方向は、SDKを使用することで簡単に設定が可能です。ビームを左右方向(Azimuth)と上下方向(Elevation)に15度ステップで振った送信EIRP特性を以下に示します。 

個々のパッチアンテナの半値角は45度ですが、アレイにて合成したビームの電力も同様に正面0度から45度振った時に電力が半減していることが分かります。 

SDKでは、窓関数を使用することでサイドローブを抑制することも可能です。 

測定方向:左右

図10a:スキャン方向

図10b:Azimuth方向にビームを振った時のDragonfly放射パターン 

測定方向:上下

図11a:スキャン方向

図11b:Elevation方向にビームを振った時のDragonfly放射パターン 

制御ソフトウェア:

Dragonflyに搭載されている、ADF4372(PLLVCO)、ADMV1128A(UDC)、ADMV48281(BF)はすべてSPIによるシリアルインタフェース経由で制御可能で、DragonflyはSPIの物理層を0-3.3VのLVDS差動信号に変換して動作しています。差動信号によりノイズ耐性が向上するのでケーブル長を長くできるメリットが有ります。各ICのSPI制御はレジスタの読み書きで行われる方式で詳細は各ICのデータシートおよびアプリケーションノートの記載を参照します。

Dragonflyでは、上記のセットアップ例に記載されているようにホストPCのMATLAB(MathWorks社製)で制御可能になっています。すべてのレジスタアクセスがオープンになっていますのでビームフォーミング/ビームステアリングが物理層レベルでフレキシブルに制御可能です。

以下に、ビーム制御で重要となるBF ICの電源起動から送受信可能までの基本シーケンスを記載します。

図12:BFIC起動時設定シーケンスの概要

なお、ADMV48281のビームインデックス用テーブル制御は、以下の二つの方法が有り商用動作では高速スイッチングが可能なビームポインタモードが一般的に使用されます。ここで紹介している制御ソフトウェアは基本評価のためのバイパスモードを使ったリファレンスコードになっています。

  • バイパスモード:ビーム制御を個別に直接設定する(スイッチング応答速度は遅いので静的な動作やデバッグで利用することを推奨)
  • ビームポインタモード:送受信用各1024個(合計2048個)のビームインデックスSRAMに事前に情報をロードしておきLOAD信号のトグルで高速にスイッチングする

まとめ:

Dragonflyはミリ波フェーズドアレイアンテナモジュールとして、製品開発や研究開発に利用可能な評価用アンテナモジュールで現在製造販売を行っています。またDragonflyをリファレンスとした商用カスタムモジュール開発などにも対応出来ますので、興味のある方はアナログ・デバイセズまたは契約代理店マクニカの営業担当者に問合せいただけたら幸いです。