著者:石井 聡
以下のような技術問い合わせをいただきました。大変興味深い内容なのでブログとして解説してみましょう。
問い合わせ質問内容
AD8138ARMZの単電源でのレベルシフト、+3V動作のデータシート上の記述についての質問です。
データシートでは単電源、V- = 0Vの場合であってGND基準のバイポーラ信号でもレベルシフタとして機能するとあります。
これは通常、単電源動作でバイポーラ信号を入力する場合に必要なDCバイアスの付加が不要という認識で正しいでしょうか。
その場合、仮に+1.5V基準の信号を入力した場合でも同様でしょうか。
それともOPAMPなどと同様に-IN側に+1.5Vのバイアスが必要となるでしょうか。
AD8138のデータシートにおける質問に関する部分
ご質問の件は、日本語データシートにおけるp. 22の部分だと考えます。当該部分をこのブログの一番したに図2として抜粋しておきます。
また当該回路の部分のみを以下に図1として転記します。
図1 質問にある+3V単電源でAD8138をレベルシフト回路として活用する回路
回路の構成と帰還抵抗の定数選定
ここで信号は⑧ピンに入力され、それが反転して⑤ピン、そして同じ極性として④ピンに現れます。
⑧ピンから信号源を見たときのインピーダンスは、499Ω + 49.9 // 50(信号源インピーダンス)≒ 525 Ωとなります。
完全差動アンプは、非反転入力側(⑧ピン)の帰還抵抗の大きさと、反転入力側(①ピン)の帰還抵抗の大きさは揃える必要があるため、①ピンからグラウンドへの抵抗は523Ωが使用されています。
VOCM入力端子をもってレベルシフトが実現できる
さて、いま信号源の振幅がゼロVとして考えます。出力⑤ピン(反転入力の①ピンからは④ピン)の中心電圧、つまりコモンモード電圧は、VOCM入力端子(②ピン)の電圧がそのまま出ることになります。
ここで②ピンは、電源+3Vから10kΩ 2個で分圧されています。つまりVOCM = +1.5Vとなり、出力⑤ピンと④ピンは+1.5Vを中心として入力信号が振れることになります。
つまりコモンモード電圧VOCM入力端子によってレベルシフトが行われるということです。
非反転・反転入力端子の電圧と「コモンモード電圧入力範囲」とは?
このとき、非反転入力側(⑧ピン)の端子電圧と、反転入力側(①ピン)の端子電圧は、帰還抵抗での分圧、+0.75Vとなります。
OPアンプと同様、完全差動アンプであるAD8138においても、入力電圧範囲というものは規定されています。
データシートのp. 3に±5V電源の条件で、Input Common-Mode Voltage = -4.7 to +3.6V(コモンモード電圧入力範囲)となっており、マイナス側は電源レールから0.3V、プラス側は電源レールから1.4Vとなっています。
コモンモード電圧入力範囲を単電源3Vの条件で考える
単電源+3Vの条件であれば、これが0V + 0.3V = +0.3V、3V - 1.4V = +1.6Vとなり、「Input Common-Mode Voltage = +0.3 to +1.6V」となります。つまり⑧ピンと①ピンの入力端子の電圧は、+0.75Vと比較してAD8138が動作する電圧の条件内になる、問題なく動作することが分かります。
なお、この+0.75VはOPアンプでいう、仮想ショート状態の電圧になりますので、入力信号のレベルが変化しても、この電圧は変化することはありません。
質問にある「DCバイアスが必要か?」に関しては不要となる
つまり最初の「DCバイアスが必要か?」という質問については、「不要」という答えになります。
次の質問の「+1.5V基準の信号を」という件について考えます。
-IN側の基準電圧を+1.5Vに設定すれば、入力が+1.5Vを中心とした信号であれば、差動信号レベルとして、交流成分のみを検出できますので、使えるといえば使えます。
とはいえ、この際はVOCM = +1.5Vと設定する必要があること、そのように設定しても⑧ピン、①ピンの電圧も+1.5Vとなってしまうので、「Input Common-Mode Voltage = +0.3 to +1.6V」の範囲ギリギリとなってしまいます。
全体の結論としてはデータシートの回路を用いること
結論をいうと、グラウンド基準の信号を入力して、1.5Vセンターの信号にレベルシフトする使い方がもっとも素直だということになります。
図2 AD8138の日本語データシートにおいて質問に関係する部分の抜粋