高精度シグナル・チェーン技術ノート

高精度シグナル・チェーン技術ノート

現代のフロー・サイトメトリ・システムにおいて、エンジニアはどのようにすればパルス分解能と細胞種の識別精度を向上させることができるか

フロー・サイトメトリとは、異なる波長のレーザー光が細胞を通過する際に、細胞からの散乱光や発する蛍光を用いて細胞を分析する技術です。これらの光は光学センサーによって検出され、微弱な電流パルスとして得られます。この電流パルスは、電圧に変換された後にデジタル化されます。パルス高とパルス面積の両方に情報が含まれています。

現代のフロー・サイトメトリ・システムでは、毎秒20,000イベントを超える高速化したイベント・レートに加え、細胞サイズ分解能の向上、微弱な蛍光の検出、そして32チャンネルを超えるマルチパラメトリック解析をサポートするために、パルス幅の大幅な狭小化(マイクロ秒レベル)がますます求められています。こうした狭いパルス幅は、アクイジション・システムにおけるADCのサンプリング・レート、TIA(トランスインピーダンス・アンプ)の帯域幅、ノイズ性能、およびチャネル密度に対して、より高い要求を課すことになります。

「Flow Cytometer Electronics」と題された記事[1]では、フロー・サイトメトリが直面する課題について解説しています。ひとつめの課題は、パルスがランダムに到来することです。3μsのパルス幅のピーク高を0.1%以下の精度で測定するには、3μsの間にパルス・エンベロープを120回サンプリングする必要があります。これは40MSPSのADCサンプリング・レートが求められることを意味します。ふたつめの課題は、明るい細胞が暗い細胞の10,000倍もの明るさを持つ場合があることで、これには少なくとも4桁以上のノイズフリーなダイナミック・レンジが必要となります。かつてのサイトメータには、これらのパルスを直接デジタル化可能なADCが存在しなかったため、積分器やピーク検出器などの膨大なアナログ信号コンディショニング回路を駆使して、その不足を補っていました。

要約すると、現在、システム設計者が直面している課題は、スループットの向上と細胞種の識別精度の改善です。技術的には、次世代のフロー・サイトメトリにおいてイベント・レートが増大する中で、検出器からの狭いパルスをより正確に取得することが求められています。

フロー・サイトメータが高スループット化し、蛍光パラメータ数が増加するにつれ、長時間の積分ウィンドウにわたる高精度、低い1/fノイズ、高い線形性を維持しながら、極めて狭い電流パルスを検出することが電子回路に求められています。こうしたアプリケーションの課題に対応するため、使用するコンポーネントの仕様要求はより厳しくなっています。

  • ADCサンプリング・レートを15MSPSから40MSPSに引き上げる
  • 十分なノイズフリー・ビットを確保するため18ビット以上のADC分解能(理想的には20ビット)
  • 狭いパルスの減衰を防ぐためのより広い帯域幅のTIA
  • パルスの重なりやスミアリングを防ぐためのより厳格なINL精度
  • 長期間にわたる積分安定性を維持するための低1/fノイズ特性[2]
  • 低消費電力かつ低いチャネル間クロストークを実現する非常に高いチャネル密度

アナログ・デバイセズのフロー・サイトメトリ・ソリューション

アナログ・デバイセズのフロー・サイトメトリ・ソリューションとして以下が用意されています。

  • ADA4898-1:TIAフロントエンド
  • ADA4945-1:完全差動アンプ(FDA)
  • AD4080:シングルチャネルSAR ADC(20ビット、40MSPS、±4ppm INL)
  • LTC6655:低ノイズ(3V)電圧リファレンス

 

図1:高速・高精度フロー・サイトメトリ・シグナル・チェーン

 

このソリューションは、広いTIA帯域幅、安定した低ノイズ・ゲイン、入力のフィルタリングを提供し、マイクロ秒レベルの極めて狭いパルスを、歪みなくかつ正確にサンプリング可能なデジタイザを実現できます。

また、以下のようなパフォーマンス向上をもたらします。

  • パルスあたりのサンプル数を増やせる柔軟性(40MSPS):細胞サイズの計算精度の向上が可能、あるいは8倍のオーバーサンプリングによってシステムSNRを89.7dBまで改善し、より微弱な蛍光検出チャネルのサポートが可能です。
  • 標準±4ppm(最大±8ppm)のINL:隣接パルス間の分離能を向上させます。
  • 低消費電力化とプリント基板面積の削減:100チャネルを超える高密度な基板実装を実現します。
  • 積分ヘッドルームの改善: 将来の多波長への拡張にも対応可能です。

このフロー・サイトメトリのソリューションは、アナログ・デバイセズのSignal Chain Designer Toolを使用して構築されました。このツールは、ドラッグ&ドロップ操作でアクイジション・シグナル・チェーン全体を構築でき、ノイズ、SNR、消費電力、DC精度、周波数応答、ソリューション・サイズといった各要素を相対的に評価・分析できる機能を備えています。更にこれらのソリューションをLTspiceへエクスポートし、より詳細な時間ドメインおよび周波数ドメインのシミュレーションを実行することも可能です。以下のリンクから、このシグナル・チェーン・ソリューションの詳細をご覧ください: Flow Cytometry signal chain

この高速・高精度な光学センシング・フロー・サイトメトリ用シグナル・チェーンについては、LTspice設計ファイルを用いることで、より詳細な評価が可能です。

 

[1] Snow, C.“. (2004), Flow cytometer electronics.

Cytometry, 57A: 63-69. https://doi.org/10.1002/cyto.a.10120

[2] Castro, Gustavo. (2017)「このノイズで夜も眠れない」Analog Dialogue ISSUE #138 https://www.analog.com/jp/resources/analog-dialogue/raqs/raq-issue-138.html